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「属人化は悪」は本当か?――良い属人化と悪い属人化の決定的な違い

  • 執筆者の写真: 伊賀上真左彦
    伊賀上真左彦
  • 8月2日
  • 読了時間: 9分



「業務の属人化をなくしましょう」


企業のDXや業務改善では、ほとんど決まり文句のように語られます。


確かに、担当者が休んだだけで仕事が止まる、退職した途端に誰も処理方法が分からなくなる、といった状態は問題です。


しかし、属人化は本当にすべて悪いのでしょうか。


私は、属人化には「良い属人化」と「悪い属人化」があると考えています。


両者を区別せず、すべての仕事を誰でもできるように標準化しようとすると、企業にとって本当に価値のある専門性まで失いかねません。



良い属人化とは「その人だから生み出せる価値」


良い属人化とは、高いスキル、経験、判断力、発想力などによって、ほかの人では簡単に代替できない状態です。


例えば、同じ資料を見ても、経営課題の本質をすぐに見抜けるコンサルタントがいます。


知識だけなら本やインターネットで得られます。しかし、限られた情報から仮説を立て、経営者との会話から言葉になっていない問題をつかみ、実行可能な提案に落とし込む力は、マニュアルだけでは再現できません。


社長の仕事も同じです。


最終的な意思決定、取引先との信頼関係、採用する人を見極める力、会社が苦しいときに責任を引き受ける覚悟。こうした仕事を、手順書を読んだ別の人が翌日から代替することは困難です。


私の周囲には、年収数千万円以上のコンサルタントや経営者が何人もいます。その人たちは例外なく属人化しています。


誰に代わっても同じ成果が出る仕事ではないからこそ、高い報酬が支払われているのです。


これは解消すべき属人化ではありません。むしろ、時間をかけて育てるべき専門性です。



年収は「市場価値を生む属人化」の一つの目安


良い属人化を見分ける一つの目安が、報酬です。


もちろん、年収だけで人の価値を測ることはできません。業界、企業規模、役職、交渉力などにも左右されます。


それでも、高い報酬を提示して人材を探している企業が存在するなら、その能力に希少性があることを示す一つのシグナルにはなります。


象徴的なのがVBAによるプログラミングです。


VBAで作られた業務システムは、しばしば「属人化の代表」と批判されてきました。


作った人しか直せない。仕様書がない。複雑なマクロが何本も連携している。担当者が異動すると、誰も触れないブラックボックスになる――。確かに、そのようなVBA資産は数多くあります。


一方で、VBAを扱える人材の価値がなくなったわけではありません。


2026年に確認できた求人検索ページでは、「VB・VBA」と「初年度年収1,000万円以上」を条件とする求人が数百件表示されていました。ただし、これはVBAだけの能力に1,000万円が支払われるという意味ではなく、システム設計、業務理解、マネジメントなどを含む求人も掲載されています。


重要なのは、生成AIが普及した現在でも、既存業務を理解し、長年使われてきた仕組みを安全に改修できる人材には需要があるということです。


企業が求めているのは、単にVBAの構文を知っている人ではありません。


- 現場の業務を正確に理解できる

- 複雑な既存コードを読み解ける

- 間違えると止まる重要業務を安全に扱える

- 利用者と話しながら要件を整理できる

- 必要に応じて新しい仕組みへ移行できる


こうした複合的な能力を持つ人は、簡単には代替できません。


AIがコードを書ける時代になるほど、「何を作るべきか」「その変更は安全か」「現場では本当に使えるか」を判断できる人の価値は、むしろ高まります。


では、社外からも高く評価される専門人材を、単に「属人化している」という理由で適切に評価せず、組織から排除したらどうなるでしょうか。


高度な判断ができる人がいなくなり、難しい問題に責任を持って取り組む人も減っていきます。残された人たちは、前例やマニュアルに従うことしかできません。これはこれで、組織にとって地獄のような状況だと私は感じます。


大切なのは、高度な専門性を持つ人材を排除することではありません。自社に必要な能力を見極め、その価値を正しく評価することです。


専門性を身につけても「属人化だから」と否定され、成果を出しても報われない。そのような組織では、社員は新しい知識を学び、難しい仕事に挑戦する意味を見失います。


その結果、専門知識を持つ人材から会社を離れ、社内には判断できる人も、進んで責任を引き受ける人もいなくなってしまいます。




悪い属人化とは「価値ではなく複雑さで代替を防ぐこと」


一方、悪い属人化はまったく違います。


本当は簡単な仕事なのに、本人にしか分からないルールを増やし、ほかの人が触れない状態にしてしまうケースです。


例えば、本来なら簡単な注文処理の仕事に、次のようなルールが加わっていきます。


- 東京支店の山田さんから100部以上の注文があった場合、そのうちの10部を名古屋支店に送る

- 千葉支店の井上さんから注文があった場合、翌日午前中までに確認のメールを入れる


一つひとつは小さな例外でも、積み重なると仕事全体がスパゲティのように絡まります。


担当者は毎月それを処理しているので、複雑な仕事をこなしているように見えます。しかし、業務を整理してみると、不要な転記や重複確認、過去の事情で残った例外処理が大半だった、ということがあります。


マニュアルを作るように指示しても、意図的に他人が理解できないマニュアルを作ったり、そもそもマニュアル化困難と言って断る。


これは専門性ではありません。


複雑さを生み出し、その複雑さを処理することで、自分の必要性を維持している状態です。


良い属人化が「価値による代替困難」だとすれば、悪い属人化は「不透明さによる代替困難」といえます。



良い属人化でも、組織のリスク管理は必要


ここで注意したいのは、「価値が高い人なら、すべて本人任せでよい」という話ではないことです。


どれほど優秀な人でも、病気、異動、退職などで突然仕事を離れる可能性があります。


顧客情報、契約条件、操作手順、データの保存場所まで一人の頭の中にしかない状態は、やはり経営リスクです。


中小企業基盤整備機構のJ-Net21も、暗黙知である技能を、数値やデータなどによって見える化された技術へ変える重要性を指摘しています。


したがって、組織が目指すべきなのは、専門家を不要にすることではありません。


「定型部分は共有し、高度な判断には専門家の力を使う」という分担です。


- 基本手順は誰でも実行できるようにする

- データや判断材料は共有する

- 例外処理の理由を記録する

- 最終判断や高度な設計は専門家に任せる

- 専門家には、希少性に見合う裁量と報酬を与える


こうすれば、組織の継続性を守りながら、個人の専門性も生かせます。その専門家が十分な収益を生み出しているなら、同等の能力を持った人をもう1人雇うのも選択肢です。専門家は、単に自分の能力に酔っては行けません。その能力を使い、組織に貢献する必要があります。



見分けるための五つの質問


目の前の属人化が良いものか悪いものか迷ったら、次の五つを確認すると分かりやすくなります。


1.その人がいることで、成果は本当に大きくなっているか


売上、品質、スピード、顧客満足など、具体的な価値が生まれているなら、専門性である可能性が高いでしょう。


2.その人は、仕事を簡単にしているか


優秀な専門家ほど、不要な作業を減らし、仕組みを整理します。仕事が年々複雑になっているなら注意が必要です。


3.ルールの理由を説明できるか


「昔からそうしている」「自分しか分からない」という回答ばかりなら、不透明さで維持されている可能性があります。


4.定型作業まで本人に依存していないか


高度な判断が属人化するのは自然です。しかし、ファイルの保存場所や通常時の操作まで共有されていないのは、単なる管理不足です。


5.社外でも評価される能力か


その会社独自の複雑な手順しか扱えないのか、ほかの企業でも通用する専門性なのか。この違いは非常に大きいものです。



「誰でもできる会社」だけを目指してはいけない


企業は、事業を安定させるために標準化を進める必要があります。


しかし、すべての仕事を誰でもできるようにすることが、必ずしも正解ではありません。


誰でも同じようにできる仕事だけで構成された会社は、安定しているように見える一方で、他社にも簡単にまねされます。


企業の競争力は、最後には「この人だからできる」「このチームだから生み出せる」という能力から生まれます。


生成AIによって、定型的な調査、文章作成、プログラミングなどの一部は、今後さらに自動化されていくでしょう。その中で価値が高まるのは、問いを立てる力、選択する力、責任を負う力、複数の知識を組み合わせる力です。


経済産業省の資料でも、生成AIによって知識や技術が補われる一方、DXを担う人材には、リーダーシップ、批判的思考、問いを立てる力、評価・選択する力などが重要になると整理されています。


これらは、簡単には標準化できません。


だからこそ、これからの組織に必要なのは「属人化をなくすこと」ではなく、「どこを標準化し、どこを属人化させるかを選ぶこと」です。




まとめ――専門性は尖らせ、仕事の不透明さはなくす


属人化を一律に悪と考えるのは間違いです。


高い専門性によって大きな価値を生み、ほかの人では簡単に代替できない。それは、本人にとっても企業にとっても望ましい属人化です。


反対に、簡単な仕事を複雑にし、本人しか知らないルールを増やすことで代替を防ぐ。それは解消すべき悪い属人化です。


両者の違いは、「その人にしかできない理由」にあります。


能力が高いから代替できないのか。


仕事が整理されていないから代替できないのか。


企業がなくすべきなのは、専門家ではありません。不必要な複雑さと、説明できないルールです。


専門性は尖らせる。定型業務は開く。判断の根拠は残す。


この切り分けができれば、属人化は組織の弱点ではなく、競争力になります。




参考文献


- [マイナビ転職エンジニア求人サーチ「VB、VBA/初年度年収1000万円以上の求人」](https://tenshoku.mynavi.jp/engineer/list/f16010104/min1000/)

- [J-Net21「どうすれば業務の属人化を防いで、技術・技能承継をスムーズに進めることができるでしょうか」](https://j-net21prod.smrj.go.jp/solution/qa/efficiency/Q1467.html)

- [日本生産性本部 生産性navi「属人化の解消が人材定着とDXのカギ」](https://jpc.jpc-net.jp/productivitynavi/manual/)

- [厚生労働省掲載資料「産業人材育成に関する取組について」](https://www.mhlw.go.jp/content/11801000/001570223.pdf)


※VBA求人の件数や掲載条件は時期によって変動します。また、検索結果にはVBA以外のスキルや管理職経験を求める求人も含まれるため、報酬がVBA単独の能力に対して提示されているとは限りません。


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