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AIはもう十分賢い。企業が使いこなせない本当の理由

  • 執筆者の写真: 伊賀上真左彦
    伊賀上真左彦
  • 5 日前
  • 読了時間: 10分

生成AIをめぐる競争が、明らかに次のフェーズへ入りつつあります。


これまでのAI競争は、モデルそのものの性能をどこまで高められるかが中心でした。

より難しい問題を解ける。より正確なコードを書ける。画像や動画を理解できる。長い文章を読み込める。


しかし現在、最先端のAIは、多くのパソコン業務をかなり高い水準で処理できるようになっています。


もちろん、だからといって「人間の仕事をすべて代替できる」と言うのはまだ早いでしょう。長時間にわたる複雑な業務、例外処理、組織固有の判断では失敗も残っています。


ただ、企業がAIで成果を出せない最大の理由を「AIがまだ賢くないから」と説明するのは、そろそろ難しくなってきました。筆者も業務を自動化する際、最新のAIを使うことは少なくなり、コストやスピードに優れたタイプを用いることが増えています。


問題はAIの頭脳そのものよりも、AIに仕事をどう覚えさせ、会社の中でどう働かせるかに移り始めています。


Business Insiderの記事は、その変化を非常によく表しています。


GoogleはAIエージェントを訓練するための「仮想職場」のような環境を開発する企業への大型投資を検討していると報じられています。またSpaceXでは、従業員の職場での活動データをAIモデルの改善に活用する方針が伝えられています。


つまりAI企業は、インターネット上の文章を大量に読ませるだけでは足りなくなってきたのです。


次に必要なのは、「人間が実際にどう仕事をしているのか」というデータです。


会社の仕事は、マニュアルには書かれていない

これは企業で働いた経験がある人なら、よく分かると思います。

会社の仕事は、業務マニュアルだけでは成立していません。


たとえば、

「この顧客には先に電話した方がいい」

「この案件は部長に一度見せておく」

「この数字がおかしかったら前年のExcelを見る」

「このメールにはすぐ返事をしなくていい」

「この取引先だけは例外」


といった大量の暗黙知があります。


しかも、こうしたルールの多くは文書化されていません。


ベテラン社員の頭の中や、過去のメール、チャット、会議、Excel、社内システムの操作履歴などに散らばっています。


ここがAIエージェント導入の非常に大きな壁になります。


AIに会社の規程集を読ませただけでは、社員と同じように仕事をすることはできません。

だからこそ現在、AI企業は「人間が実際に仕事をしている環境」そのものを訓練データにしようとしています。


AIの次の競争は、IQ競争ではありません。

仕事を覚えさせる競争です。



企業のAI導入を阻む3つの壁

ここから先、企業のAI導入には大きく3つの壁があると考えています。


①業務知識と暗黙知

一つ目は、先ほど説明した「会社固有の仕事」です。


ChatGPTに、

「請求書を処理してください」

と頼んでも、その会社の請求書処理ルールを知らなければ何もできません。


  • 保存場所はどこなのか。

  • 承認者は誰なのか。

  • 金額によって承認ルートは変わるのか。

  • 例外時は誰に問い合わせるのか。

  • 使用するシステムは何なのか。


こうした情報をAIに与える必要があります。


しかも業務は常に変化します。


組織変更もあれば、担当者変更もあり、システム変更もあります。

一度AIに学習させれば終わり、というものではありません。


この問題を数年程度で簡単に解決できるのかというと、私はかなり疑問を持っています。

巨大企業には、数十年分のメール、チャット、ファイル、システム、業務ルールが存在するからです。


②FDEという新しい高級職種

二つ目の壁が、AIを企業の現場に実装できる人材です。


最近注目されているのが、FDE(Forward Deployed Engineer)という職種です。


FDEは、単にAIモデルを開発するエンジニアではありません。


企業の現場に入り、「この会社では、誰が、どのシステムを使って、どう仕事をしているのか」を理解したうえで、AIを実際の業務へ組み込みます。


AWSもFDE組織を拡大しており、求人ではAIエンジニアや研究者が顧客企業の環境に直接入り、AIシステムを設計・構築・展開すると説明しています。


またAmazonの別の求人でも、AI担当者が現場チームに入り、高い価値を生むワークフローを探し、AIを使った仕組みを標準化していく役割が示されています。


これは、かなり重要な変化だと思います。以前であれば、「AIを買って社員に使わせる」という発想でした。


しかし現在は、「AIに合わせて仕事そのものを作り直す」という段階に入っています。


当然、これには非常に高いスキルが必要です。


AIだけではなく、業務分析、システム開発、セキュリティ、組織設計、プロジェクト管理。

これらを横断的に理解できる人材が必要になります。


これまで日本企業は、社員にAIを使わせることに注力して来ました。しかし、現場の社員でAIの特性を熟知し、業務を再設計出来る人は多くはありません。


つまり、「最新のAIを契約しました。社員のみなさん、使ってください」では、企業変革にはつながりにくいのです。


また情シスなどのIT部門も、現場の業務を理解し、交渉し、最適なAIの使い方を考えられる人はほとんどいません。



③AIエージェント最大の難問はセキュリティ

三つ目がセキュリティです。


個人的には、ここが最終的に最大のボトルネックになる可能性があると考えています。

従来の生成AIであれば、人間が文章を入力し、AIが回答するという使い方が中心でした。


AIエージェントでは違います。


  • AIがメールを読みます。

  • ファイルを開きます。

  • 社内システムにアクセスします。

  • データを更新します。

  • 場合によっては、外部へメールを送信します。


つまりAIに、「情報を見る権限」だけではなく、「仕事を実行する権限」まで与えることになります。


当然、リスクも一段上がります。


OWASPもAIエージェントの主要なリスクとして、プロンプトインジェクション、過剰な権限、ツールの悪用、機密情報の流出などを挙げています。


たとえばAIエージェントが受信したメールの文章をそのまま命令として解釈してしまえば、本来許可されていない処理を実行する可能性があります。


そのため、「AIエージェントを使う=情報をインターネット上に野放しにする」とまで言うのは正確ではありません。


アクセス制御、権限分離、データ保持設定、監査、人間による承認などを適切に設計すれば、リスクを下げることはできます。


しかし逆に言えば、


そこまで設計しなければならない。

普通の社員がChatGPTを使うのとは、まったく別の世界です。



AIを導入したのに、人が減らない理由

ここで非常に興味深い問題があります。


世の中では、

「AIで仕事がなくなる」

「社員が不要になる」

という話が大量に出ています。


ところが現時点では、企業がAIを導入したからといって、直ちに大量の人員削減につながっているわけではありません。


2026年にBISが公開した1万2000社超を対象とする研究では、AI導入企業で労働生産性がおよそ4%上昇した一方、企業レベルの雇用について明確な悪影響は確認されませんでした。


研究者は、短期的にはAIが労働者を置き換えるというより、労働者1人当たりの生産量を高めている可能性を示しています。


これは非常に重要です。AIは役に立っていないわけではありません。役に立っています。

「資料作成が速くなった」

「プログラムを書く時間が減った」

「メール作成が楽になった」


という人もかなり増えているでしょう。


しかし、会社全体の残業時間を劇的に減らす。人員配置を根本的に変える。組織そのものを小さくする。そこまで到達するのは、まったく別の話です。


AIの使い方ではなく、業務そのものを作り直さなければならないからです。



実は社員自身には「AIで仕事を消す動機」が弱い

そしてもう一つ、あまり語られない問題があります。人間側のインセンティブです


会社から、「AIを使って業務効率を上げてください」と言われたとします。


しかしAIには一定のリスクがあります。

  • ハルシネーションが起きるかもしれません。

  • 情報漏洩事故を起こすかもしれません。

  • 間違った処理をすれば、自分が責任を問われる可能性もあります。


そしてAIで業務を大幅に効率化した結果、「この仕事、人がこんなに必要ないですね」となる可能性もあります。残業代で収入を補っている人なら、残業が減ることで手取りが減ることさえあります。


つまり一般社員から見れば、リスクを背負って、自分の仕事を減らす仕組みを一生懸命作るという、少し奇妙な構図になっています。


これはAIに限らず、VBA、Python、RPAなど過去の自動化、効率化の動きの中で何度も繰り返されてきた事です。私はAIはこの壁を超える可能性があると感じていましたが、残念ながら現時点では超えることは難しいようです。


これは技術ではなく、経営の問題です。


AI導入を社員個人の善意に依存すると、どうしても限界があります。



AIが大きな効果を出しやすい企業はどこか

では、現時点でAIが大きな効果を出しやすいのはどこでしょうか。


私は大きく3つあると考えています。


①中小企業・ベンチャー企業

特に経営者自身がAIに詳しい会社です。これは非常に強い。


なぜなら、

「この業務を変えていい」

「このデータをAIに渡していい」

「この手順を廃止しよう」

「失敗しても自分が責任を取る」


という判断をその場でできます。


経営者自身がFDEに近い役割を果たせる会社は、極めて高速にAI化できます。


大企業とは意思決定速度がまったく違います。



②大量の定型業務を持つ大企業

金融、保険、バックオフィス、コールセンターなどです。


仮に高額なAIエンジニアを数人投入したとしても、数十人、数百人規模の業務を改善できれば投資を回収できます。


AI導入に数千万円、場合によっては数億円かかっても、それ以上の人件費削減や生産性向上が見込めるなら経済合理性があります。


逆に、数人しか行っていない仕事に同じレベルのAIシステムを構築しても、費用対効果が合わない可能性があります。



③ソフトウェア開発

そしてもう一つがITです。プログラミングはAIとの相性が非常に良い分野です。


  • コードはデジタルデータであり、成果物も明確です。

  • テストも自動化できます。

  • AIが失敗してもやり直しやすい。


その意味では、AIによる業務変革が最も早く進みやすい仕事の一つです。


ただし、ここには皮肉があります。


ITエンジニアにとって「最高の時代」と「危険な時代」が同時に来た

ITエンジニアから見ると、ここから数年間は非常に大きなビジネスチャンスになる可能性があります。


多くの企業が、「AIを導入したい」

しかし、

「どう実装すればいいのか分からない」

という状態にあるからです。


AIモデルそのものを作る必要はありません。

  • 企業の仕事を理解し、

  • AIとシステムを接続し、

  • 業務を再設計し、

  • セキュリティを確保する。


こうした能力を持つエンジニアの価値は、むしろ上がる可能性があります。

一方、その先は分かりません。


AIがAIシステムそのものを設計し、プログラムを書き、テストし、修正する能力がさらに高まれば、現在の意味でのITエンジニアという職種自体が大きく変化する可能性があります。


だから考え方の一つとして、「AIで稼げる時期に、AIを使って最大限稼ぐ」という戦略も十分あり得ると思います。


そしてその間に、

エンジニアからコンサルタントへ。

コンサルタントから事業責任者へ。

事業責任者から経営者へ。

あるいはAIを使う側から、AIによって事業そのものを作る側へ。

次のポジションへ移っていく。


それも一つのキャリア戦略です。



AI革命は「モデルの進化」だけを見ても分からない

ここ数年、私たちはAIモデルの性能ばかりを見てきました。


  • どのモデルが一番賢いのか。

  • ベンチマークは何点なのか。

  • GPTが強いのか。

  • Geminiなのか。

  • Claudeなのか。


しかし企業利用という視点では、競争の中心はそこから離れ始めています。


これから重要になるのは、

企業の仕事をどれだけAIに理解させられるか。

そして、

AIにどこまで安全に仕事を任せられるか。

ではないでしょうか。


  • モデルの能力。

  • 企業固有の暗黙知。

  • FDEのような高度人材。

  • システムとの接続。

  • セキュリティ。

  • 権限管理。

  • 人間のインセンティブ。


これらをすべて組み合わせて初めて、AIは「便利なチャットツール」から「会社を動かす労働力」へ変わります。


だから私は、AIが企業を本格的に変えるまでには、まだかなり長い距離が残っていると考えています。


逆に言えば、この複雑な移行期間こそ、人間にとって巨大なビジネスチャンスです。


AIが仕事を奪う時代を心配する前に、AIを企業の仕事に組み込める人間が圧倒的に足りない時代が先に来ています。


少なくとも今は、そちらを見る方が重要ではないでしょうか。


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