テレワークは社員のわがままではない。日本社会を維持するための仕組みだ
- 伊賀上真左彦

- 8 時間前
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テレワークをめぐる議論では、しばしば「社員が楽をしたいだけ」「出社したくない人のわがまま」といった意見が聞かれます。
しかし、現在の住宅費や子育て費用、賃金水準を考えれば、テレワークは単なる福利厚生ではありません。
仕事と家庭を両立し、共働きを続け、日本社会を維持するための重要な仕組みです。
GMOの「在宅勤務完全廃止」が投げかけたもの
2026年7月、GMOインターネットグループの熊谷正寿代表が「在宅勤務を完全廃止」と発信し、大きな反響を呼びました。
その後、会社側は「事情があれば在宅勤務は可能」と補足。熊谷氏も「表現が過剰だった」と謝罪し、在宅勤務という働き方そのものを否定する意図はないと説明しました。
つまり、厳密には制度を全面的に廃止してから撤回したわけではなく、「完全廃止」という強い表現を事実上修正した形です。会社としての在宅勤務の推奨は終了する一方、個別事情に応じた在宅勤務まで一律に禁止するものではありませんでした。
[ITmedia NEWSの報道]
この一連の出来事は、テレワークが従業員の生活にどれほど深く組み込まれているかを示したともいえます。
働く場所を変えるだけの話ではありません。家族の生活設計そのものに関わる問題なのです。
東京で家族を持つには、共働きが前提になりつつある
2025年に発売された東京23区の新築マンションは、平均価格が1億3,613万円に達しました。3年連続で1億円を超えています。
[不動産経済研究所の市場動向]
もちろん、すべての家庭が新築マンションを買うわけではありません。それでも、住宅価格や家賃、教育費が上昇する都市部では、夫婦のどちらか一人の収入だけで生活を成り立たせることが難しくなっています。
住宅費と教育費を負担しながら将来への貯蓄も考えれば、世帯年収1,500万円前後を意識せざるを得ない家庭もあるでしょう。
問題は、その収入を一人で稼ぐのか、夫婦二人で稼ぐのかです。
現在の日本では、共働き世帯が専業主婦世帯を大きく上回っています。共働きは、もはや一部の家庭が選ぶ特別な生活スタイルではありません。
[内閣府「共働き世帯数と専業主婦世帯数の推移」]
多くの家庭にとって、生活を維持するための前提になっています。
海外テック企業の「出社回帰」だけをまねても意味がない
Amazonは、2025年から原則週5日の出社を求める方針を打ち出しました。一方、Googleは、多くの従業員を対象に週3日程度の出社を基本とするハイブリッド勤務を採用しています。
[Amazonの発表]
海外の大手テック企業が出社回帰を進めているからといって、日本企業も同じ働き方を採用すべきだとは限りません。
働き方を比較するなら、報酬水準、職務内容、人材市場、転職のしやすさまで含めて考える必要があります。
世界中から人材を採用し、高い報酬を提示できる企業と、従業員が住宅費や教育費を支払うだけで精いっぱいになっている企業を、同じ基準で語ることはできません。
海外テック企業の働き方だけをまねて、報酬やキャリアの選択肢は日本企業のままというのでは、従業員にだけ負担を求めることになります。
全面出社で最も打撃を受けるのは子育て世代だ
夫婦のどちらかが突然、「来月から在宅勤務を認めない」と言われたら、家庭では何が起きるでしょうか。
保育園への送迎、子どもの急な発熱、学校行事、家事の分担など、これまで通勤時間を減らすことで何とか成立していた生活が崩れる可能性があります。
その結果、夫婦のどちらかが退職したり、時短勤務へ変更したり、転職を余儀なくされたりするかもしれません。
在宅勤務の全面禁止による影響が比較的小さいのは、働く時間や場所への裁量が大きい管理職や、家庭上の制約がまだ少ない一部の人でしょう。
反対に、最も大きな打撃を受けるのは、仕事と育児の両方を担う子育て世代です。
厚生労働省も、テレワークには通勤時間や心身の負担を減らし、育児・介護と仕事の両立を助けるメリットがあると説明しています。
[厚生労働省「テレワーク」]
テレワークだけで育児ができるわけではありません。しかし、通勤に使っていた時間を送迎や家事に充てられることには、明確な意味があります。夫婦共働きの場合、週に2~3日のテレワークが許されるなら、子どもが小さくても交代で対応できます。子育て世帯にとっては大きなメリットでしょう、
収入を増やす時間まで奪ってはいけない
働き方改革によって長時間労働が抑制されること自体は、歓迎すべき変化です。
ただし、残業代を生活費の一部としてきた家庭では、労働時間の短縮がそのまま収入減少につながることもあります。
収入につながる労働時間を減らす一方で、毎日の出社を義務づけ、さらに通勤時間まで増やせば、労働者が自由に使える時間は一段と少なくなります。
反対に、テレワークで通勤時間を減らせれば、その時間を家事や育児だけでなく、副業、資格取得、学び直しに使うこともできます。
会社の給与だけでは足りない分を補うために、限られた時間をやりくりしている人もいるはずです。
60歳で仕事を終えられる時代でもない
現在は、60歳で仕事を辞め、その後は年金だけで余裕を持って暮らせるとは限りません。
定年後も働き続ける人は多く、再雇用によって仕事内容や賃金が大きく変わるケースもあります。厚生労働省の高年齢雇用継続給付も、60歳以降の賃金が60歳時点の75%未満になる人を対象の一つとしています。
[厚生労働省「高年齢雇用継続給付Q&A」]
現役時代に管理職を務めた人であっても、退職後に大幅に低い賃金で働くことはあり得ます。
住宅費、教育費、老後資金を準備する期間が長期化するなかで、働く人の生活は決して楽になっていません。
日本社会を維持するための二つの選択肢
日本社会を持続可能にするには、大きく二つの方向性があります。
一つは、かつてのように、片働きでも家族が暮らせるだけの給与を企業が支払うこと。
もう一つは、夫婦がともに働きながら、子どもを育てられる環境を整えることです。
十分な給与を支払えないのであれば、少なくとも共働きを続けやすい働き方を用意する必要があります。
もちろん、すべての仕事を在宅で行えるわけではありません。対面での議論や、職場でなければできない業務もあります。新人の育成やチームづくりに、出社が有効な場面もあるでしょう。
だからこそ、「毎日出社」か「完全在宅」かという二者択一ではなく、職務や家庭事情に応じた設計が必要です。
テレワークをなくせば、人材から選ばれなくなる
経営者が出社を求めること自体を否定するつもりはありません。私も経営者の端くれですし、事情は理解できます。
ただこのとき、テレワーク禁止、という判断によって批判を受けたり、人材が流出したりする可能性も含め、経営者は結果に責任を負うことになります。
子育て世代が退職すれば、短期的には人員削減や組織の引き締めにつながるかもしれません。
しかし長期的には、「子育てと両立できない会社」という評価が定着します。その評判は、現在子どもがいる社員だけでなく、将来家庭を持ちたい若い世代の応募にも影響するでしょう。
高い報酬を支払い、それでも働きたいと思わせられる企業なら、厳しい出社条件でも人材を集められるかもしれません。
しかし、十分な報酬を支払わないまま、働き方だけを海外の巨大テック企業に合わせることには無理があります。
テレワークは、社員を甘やかす制度ではありません。
家庭生活を成り立たせ、子育てを続け、働く人が長く社会に参加するための基盤です。
それを「わがまま」の一言で切り捨てる会社は、働く人の現実を見失っています。そして最後には、その会社自身が人材から選ばれなくなるのではないでしょうか。




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