GPT-5.6、AIエージェント時代に企業が取るべき現実的な戦略
- 伊賀上真左彦

- 1 日前
- 読了時間: 9分

生成AIブームは続いています。しかし、多くの企業では「思ったほど成果が出ない」という声も増えています。
原因は単純です。
現在のAIは、得意分野と苦手分野の差が非常に大きいからです。
「AIで会社全体を変える」という発想は魅力的です。しかし、現時点ではあまり現実的とは言えません。むしろ、AIの特性を理解し、効果が期待できる領域へ集中的に投資する企業ほど、成果を出しやすくなっています。
GPT-5.6の登場で見えてきた課題
最新モデルが公開されるたびに、AIの性能は向上しています。しかし、企業利用では性能だけで判断することはできません。
仮に高性能なモデルであっても、提供条件が変更される可能性があります。利用制限や公開停止のリスクもあります。さらに、法規制や政府による管理、ガバナンスの影響も受けます。
企業システムは、数年間安定して運用することが前提です。そのため、「今は使える」だけでは十分ではありません。「継続して安心して使えるか」という視点が非常に重要になります。
現状、GPT-5.6を企業が本格的な業務効率化の中核に置くのは難しい、と私は考えています。いつ利用条件が変わるか、あるいは公開が制限されるか読みにくいためです。下手に業務を自動化し、その中心に据えたAIが突然使えなくなれば、業務そのものが止まりかねません。
むしろ仕事で使うなら、GPT-5.6よりも、代替手段があり、運用実績もある1〜2世代前のAIの方が使いやすい場合があります。
業務効率化の世界では、「効率化は枯れた技術で行え」と言われます。AIも同じです。少し古い技術の方が、安定して使えることがあります。
そもそも「枯れた技術」とは、役に立たない古い技術という意味ではありません。多くの人に使われ、改善され、問題点が洗い出され、安定してきた技術のことです。役に立たない技術は、枯れる前に誰にも使われずに消えていきます。
本命はチャットボットではなくAIエージェント
次に注目されているのが、CodexのようなAIエージェントです。
従来のChatGPTなどは、基本的には「質問に答えるAI」でした。一方でAIエージェントは、実際に仕事を進める能力を持っています。
ソースコードを書く。ファイルを編集する。アプリケーションを操作する。複数のツールを連携する。タスクを自律的に実行する。
このようなことが可能になれば、業務へのインパクトは、従来のチャットボットとは比較にならないほど大きくなります。
しかし、その一方で、AIエージェントは大きな課題も抱えています。
AIエージェントは誰でも使えるわけではない
AIエージェントは、PCや社内システムへ広範な権限を与えるケースがあります。そのため、従来のチャットボットとは比較にならないほど、慎重な管理が必要です。
情報漏えい。誤操作。権限管理。監査。操作履歴の保存。
これらを整備しないまま導入すれば、効率化どころか、企業にとって大きなリスクになります。
また、AIエージェントの設定や運用には一定の知識が必要です。一般社員全員が日常的に安全に使える状態になるには、まだ時間がかかるでしょう。
当面は、開発部門、IT部門、一部の専門部署など、限定された環境で導入されるケースが中心になると考えられます。
AIは一部の分野では革命を起こしている
もちろん、AIが大きな成果を出している分野もあります。
代表例は、ソフトウェア開発、イラスト制作、デザイン、翻訳、文章作成、コンサルティング、企画などです。
これらはAIとの相性が非常によく、生産性が数倍になるケースも珍しくありません。特に、成果物がデジタルで完結しやすい仕事、試行錯誤の回数が成果に直結する仕事、たたき台を素早く作ることに価値がある仕事では、AIの効果は非常に大きくなります。
一方で、営業、人事、総務、庶務、工場の作業現場など、人との調整、現場判断、物理的な作業、複雑な意思決定が求められる業務では、期待ほどの効果が出ていない企業も少なくありません。
つまり、「AIが役立つ仕事」と「まだ人間が中心となる仕事」が、はっきり分かれ始めているのです。
AIは今後も性能を上げるでしょう。しかし、性能が上がったからといって、すべての仕事ですぐに使えるわけではありません。さまざまな制限や運用上の課題から、実際の業務では使いにくい、あるいは使っても十分な効果を得にくいケースが多いことを認識する必要があります。
それでも次の一歩はAIエージェント
今後、生産性をさらに高めようとすれば、チャットボットだけでは限界があります。次の段階はAIエージェントです。
ただし、AIエージェントを安全に導入するには、セキュリティ、権限管理、社内ルール、ガバナンスの整備が不可欠です。
だからこそ、AIエージェントは単なる「技術」の問題ではありません。むしろ「組織運営」の問題です。
企業への3つの提言
第一に、AIは効果が高い領域へ集中投資することです。
「全社員がAIを使う」「全社でAI化する」という考え方は、一度見直した方がよいでしょう。AIには明確に向き・不向きがあります。
まずは、開発、ドキュメント作成、定型業務、問い合わせ対応など、投資対効果が高い領域へ集中することが重要です。成果が確認できてから、徐々に適用範囲を広げれば十分です。
第二に、AIエージェントの利用ルールを先に作ることです。
AIエージェントは便利ですが、自由に使わせるべきツールではありません。企業として、利用対象者、利用可能な業務、権限、ログ管理、機密情報の取り扱いなどを明文化し、運用ルールを整備しておく必要があります。
こちらも、いきなり全社展開するのではなく、小規模な実証導入から始めるのが現実的です。
第三に、部署間の一次問い合わせをAI化することです。
私が特におすすめしたいのは、部署間の問い合わせ窓口をAI化することです。
例えば、「この申請書はどこにあるのか」「経費精算のルールは?」「この契約書は誰が承認するのか」といった社内問い合わせの多くは、AIで対応できます。
この取り組みには、単なる問い合わせ削減以上の価値があります。
会社全体の意思決定スピードが向上します。各部署のノウハウをナレッジとして蓄積できます。将来のAIエージェント導入に向けた土台を構築できます。管理職がAIと協働する文化を育てることもできます。さらに、組織全体の情報を標準化し、属人化を減らす効果も期待できます。
これは単なるチャットボット導入ではありません。会社そのものを「AIが理解できる組織」へ変えていく第一歩なのです。
良い自動化と悪い自動化の基準
企業が行うべきは、能力の高いエンジニアやコンサルタントを投入し、基準となる成功事例を作ることです。そして、その成功事例を他部署へ展開していくことです。
良い自動化とは、例えば「10人で行っていた仕事が2人で回るようになった」「6時間かかっていた仕事が20分で終わるようになった」といったものです。
一方で、悪い自動化の典型は「業務が20%効率化した」という程度のものです。
なぜ20%効率化では不十分なのでしょうか。
それは、AIには習得、開発、運用、維持にコストがかかるからです。一般に「20%効率化した」と言われるケースでは、これらのコストが十分に加味されていないことが少なくありません。その結果、全体としてはむしろ効率が下がっている場合があります。
また、AIが出した結果を人間がすべて確認しているケースもあります。その場合、20%程度の改善では、チェック作業の負担によって、実質的には効率が落ちている可能性があります。
悪い自動化の例を、積極的に他部署へ展開してはいけません。社内に広げるべきなのは、明確に成果が出た良い自動化です。まずは小さくてもよいので、誰が見ても効果がわかる成功事例を作ることが重要です。
総務とITサポートを0人にしたMicrosoftから学ぶこと
ここで参考になるのが、Microsoftの取り組みです。
Microsoftの品川オフィスでは、総務の社員がすでに0人になっているとされています。働いているのは、外注の人が数名程度です。
では、どうやってそれを実現したのでしょうか。
総務の仕事をPower Appsでアプリ化
アプリがない仕事は総務に依頼できない、というルールを作った
残った業務は外注化
つまり、総務の仕事を「人に頼むもの」から「アプリを通じて処理するもの」に変えたわけです。
ここで重要なのは、「すべてAIで自動化したわけではない」という点です。
AIも一部には使われているでしょう。しかし、本質はAIではありません。業務を標準化し、アプリ化し、外注化したことです。高単価の正社員を配置せず、必要な部分だけ外部リソースを使う。これが大きなポイントです。
ITサポートでも同じです。
パソコン関連の問い合わせは、まずチャットボットで対応します。
チャットボットで対応できない場合は、パソコンを梱包し、東南アジアの拠点へ送る。そこで対応する。
これにより、社内のITサポート社員を0人に近づけることが可能になります。
ただし、ここでも忘れてはいけないことがあります。
社員が0人になっただけで、仕事そのものが消えたわけではありません。東南アジアに外注の人がいるのです。
この手法を日本企業にそのまま適用できるか
では、このMicrosoft型の効率化を、日本企業にそのまま適用できるのでしょうか。
私は、簡単ではないと考えています。
理由は、日本の正社員の給料が、欧米と比べて必ずしも高くないからです。正社員を派遣社員や外注に置き換えても、欧米ほど大きなコスト削減効果は期待しにくいのです。
また、東南アジアへの外注も簡単ではありません。すでに日本より単価が高い国も増えています。さらに、日本語ができる人材は、英語人材に比べて単価が高くなる傾向があります。
欧米企業は、東南アジアへ外注することで大きくコストを下げることができます。自国の人件費が高く、英語人材も豊富だからです。
一方、日本の場合は事情が違います。日本の人件費は欧米ほど高くなく、日本語対応の外注人材は限られています。そのため、「海外に出せば安くなる」と単純には言えません。
ここは、日本企業がAI活用を考えるうえで、非常に重要なポイントです。
Microsoftは、AIだけで仕事を効率化しているわけではありません。業務の標準化、アプリ化、チャットボット化、外注化を組み合わせています。
そして、その手法が日本企業でも同じように効果を発揮するとは限りません。
おわりに
生成AIの進化はこれからも続きます。しかし、企業が競争力を高めるために必要なのは、「最新のAIを追いかけること」ではありません。
重要なのは、AIが最も効果を発揮する領域を見極め、そこへ経営資源を集中させることです。
「全社一斉導入」という発想から、「選択と集中」へ。
そして、チャットボットの活用から、ルールを整備したAIエージェント活用へ。
ただし、AIだけに期待してはいけません。業務の標準化、アプリ化、ルール化、外注化、人員配置の見直し。これらを組み合わせてこそ、本当の効率化が実現します。
その段階的な移行こそが、これから数年間のAI活用で企業の競争力を左右する重要な分岐点になるでしょう。




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